東京高等裁判所 昭和63年(う)1258号 判決
被告人 今井多代子
〔抄 録〕
証拠上明らかであって全く争いのない本件の事実関係は、昭和六三年八月六日午前一〇時過ぎころ、浅草警察署巡査部長岩崎栄ほか五名の警察官が、湯口豊明に対する覚せい剤取締法違反の被疑事件につき、原判示若木ハウスE号室の同人方を令状により捜索した際、同人と同棲中の被告人が、同室内の整理ダンスの引出しの中にあった湯口所有の、茶封筒に入ったちり紙包みの覚せい剤約三・七八三グラムをひそかに取り出し、これを握った右手をズボンのポケットに入れて外出しようとし、その挙動を怪しんだ岩崎巡査部長が制止したのに従わず、「外にガス屋が来ている。」などと言いながら屋外に出て行き、玄関の約一メートル先の路上から、その約三メートル先の空地様の場所に投げ捨てたが、被告人が何か持ち出したのではないかと疑って後を追い、玄関先まで出て来た岩崎に、捨てるところを見られてしまい、ただちにこれを差し押えられたというものである。
しかし、刑法一〇四条にいう証憑湮滅とは、証拠を滅失させる行為だけでなく、その顕出を妨げ価値を滅失・減少させるすべての行為をいい、証拠を隠匿することもこれに含まれることについては異論がなく、所論もこれを前提にしての主張であるところ、右のような被告人の行為は、本件覚せい剤をもとの所在場所からひそかに持ち出し、捜査官の目に触れないようにして隠匿し、その場で押収されることを免れて証拠の顕出を妨げた上、屋外に捨てたこととあいまって、右覚せい剤の性質・形状に変更を加えてはいなくても、その存在状態を変更し、所持・所有関係を不明確にしたという点において、証拠としての効用(価値)を減少させたことになるのであるから、証憑湮滅罪に該当するというべきであり、捨てるところを警察官に現認され、結局これを差し押さえられたことは、同罪の成否に影響するものではない。
(内藤 藤井 本吉)